ヴァーストゥ・シャーストラ

ヴァーストゥ・シャーストラに基づいた標準的な床構造

ヴァーストゥ・シャーストラ[1]サンスクリット: वास्तुशास्त्रサンスクリットラテン翻字: Vastu ShastaVaastu Shastra)は、古代インドで成立した思想学問

古代インド発祥のものとしては、ヨーガが主に心身の調整・統一を図る修行法、アーユルヴェーダ医学健康法として知られているが、ヴァーストゥ・シャーストラは、現代の建築環境工学都市工学などに相当する分野である。インドでは住居や寺院の立地、間取りインテリアの配置などを決定するため伝統的に用いられてきた。いわゆる北枕の否定といった日常の行動についてもルールがある。

欧米諸国や日本においては、単に「ヴァーストゥ(ツ)」「ヴァストゥ(ツ)」「ワースツ」、あるいは日本では「インド風水」と称される場合も多い。

名称

「ヴァーストゥ」とは、サンスクリット語で狭義には「建築物」や「住居」を意味し、広義には「生命力」や「環境」などをも包含した概念を指す。気の流れと調和しようとする点で中国の風水思想と近いが、立地や建物の間取りの方位など実践面で大きな違いがある。

「シャーストラ」は「(~を扱う)思想・学問」を意味する。

起源

アンコールワット

中国の風水より歴史は長く、その起源ではないかとの見方もあるが、はっきりとはしていない。紀元前2500年頃から繁栄したインダス文明最大級の都市遺跡モヘンジョダロ(現パキスタン領)や、インド文化の影響を強く受けていたカンボジアアンコール・ワットといった世界遺産も、ヴァーストゥ・シャーストラの原則に沿っている。

原典

原典はヴェーダであるが、ヴァーストゥ・シャーストラ自体はヴェーダの成立以前から広く用いられていた。これは古い時代から口承されてきたものが、後の時代にヴェーダとして編纂されたからである。

五つの要素

五輪塔(石清水八幡宮)

ヴァーストゥ・シャーストラの思想によると、自然は地(ブーミ भूमि)、水(ジャラ जल)、火(アグニ अग्नि)、風(=空気:ヴァーユ वायु)、 (:アーカーシャ आकाश)という五つの要素(五大)で構成され、自然状態ではそれらのバランスが取れているとされる。他方、人工的なものはそのバランスが崩され副作用を起こすため、ヴァーストゥ・シャーストラでバランスを取る必要があると考えられている。

この五つの要素は直接、大地、水、炎、空気、空と関係するだけでなく、以下のエネルギーにも相当する。

要素 要素が表わすエネルギー
安定性
流動性、冷性ー
熱性、反応
軽快さ、運ぶ働き
空虚さ、空間性

自然界や人工物同様、人間の身体や気分、そして出来事も、これらの組み合わせでできているとされ、五つのエネルギーとして表現される。例えば、体温は火のエネルギー、物流は風のエネルギーとして表される。また、憂鬱は火のエネルギーの増大として、冷静さは地のエネルギーの安定性として、落ち着きのなさは風のエネルギーの性質として表現される。

五大要素の調和・バランスによって、正の調和は良いエネルギーを、不調和は悪いエネルギーをもたらすとされる。 ヴァーストゥ・シャーストラでは、直接人間に影響を及ぼす土地や家の五大のバランスを扱う。

現代における再評価

ヴァーストゥ・シャーストラに基づいて描かれたマンダラ図像

インド本国においては近代以降、ヒンドゥー寺院建築などに細々と伝えられるのみで衰退していたが、近年の欧米諸国での注目が逆輸入される形で再び隆盛してきている。2008年には、世界有数の大富豪といわれるリライアンス・グループのムケシュ・アンバニ会長が、ヴァーストゥ・シャーストラに基づいた、総工費約2000億円ともいわれる自宅を建設していることでも話題になった[2]

インド工科大学カラグプル校は、2017年時点でカリキュラムにヴァーストゥ・シャーストラを取り入れる計画を立てていた(実施されたかは不明)[3]

Michael Mastroは、ビートルズグルだった超越瞑想の創始者マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーに出会い、彼に紹介されたヴァーストゥ・シャーストラの師に学び、彼の依頼でヴァーストゥ・シャーストラを使った建物をアメリカとインドに建て、マイクロソフトの建物にも利用し、以降マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーの世界中のスピリチュアルセンター、ボーイングインテル、オラクル等の建築にも使ったと語っている[4][5]

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ ただし、ヒンディー語など近代インド諸語における一般的用法としては、西洋近代的な「建築学」を単に指す場合が多く、当項目で説明している伝統思想のことを現地で必ずしも意味するわけではない点には注意が必要である。
  2. ^ Inside The World's First Billion-Dollar Home 米Forbes 2008年4月30日付
  3. ^ Now IIT Kharagpur Architecture Students Will Be Taught 'Vastu Shastra' 2017年4月17日付
  4. ^ Americans Adopt Vastu Way to Create Stress-Free Environments Voice of America 2009年11月1日付
  5. ^ Art of Living Foundation Hosts Vastu Expert Michael Mastro in Houston Indo American News 2012年2月16日付

関連項目

プロジェクト 建築

外部リンク

ウィキメディア・コモンズには、ヴァーストゥ・シャーストラに関するカテゴリがあります。

基本教義
宗派
人物
哲学
聖典
ヴェーダ
分類
ウパニシャッド
ウパヴェーダ
ヴェーダーンガ

シクシャー - カルパ - ヴィヤーカラナ - ニルクタ - チャンダス - ジヨーティシャ

その他
プラーナ文献
法典・律法経
神々・英雄
デーヴァ
(男性神)
トリムルティ
デーヴィー
(女性神)
トリデーヴィー
マハーヴィディヤー

アディ・パラシャクティ - サティー - ドゥルガー - シャクティ - シーター - ラーダー - 他

リシ
サプタルシ

マリーチ - アトリ - アンギラス - ブリグ - ガウタマなど

修行法
地域
社会・生活
文化・芸術
  • ポータル ポータル
  • カテゴリ カテゴリ
インドの旗 インドの建築 (en)
様式/
ビルディング・タイプ
古代
中近世
  • 古代インド建築 (en)
  • ハラッパー建築 (en)
  • ジャイナ教寺院 (en)
  • 仏教建築 (en)
  • ヒンドゥー建築 (en)
    • カリンガ建築 (en)
    • ヒンドゥー教寺院建築 (en)
    • ニーラチャル建築 (en)
  • インド・イスラーム建築 (en)
    • シャルキー建築 (en)
    • ムガル建築/アクバル建築 (en)
    • クトゥブ・シャーヒー建築 (en)
  • シク建築 (en)
  • インドの石窟建築 (en)
  • ドラヴィダ建築 (en)
    • 前期チャールキヤ建築 (en)
    • 後期チャールキヤ建築 (en)
    • ホイサラ建築 (en)
    • ヴィジャヤナガル建築 (en)
    • ケーララ建築 (en)
  • メイテイ建築 (en)
  • カダンバ建築 (en)
  • マール・グジャラ建築 (en)
  • ヘマドパント建築 (en)
  • ベンガル寺院建築 (en)
  • ゾン
近現代
  • アッサム建築 (en)
  • インド・サラセン様式 (en)
構造
空間
意匠
部位
  • シカラ (en)
  • セハリ (en)
  • ドゥーラ (en)
  • ブミジャ (en)
  • ラティーナ (en)
場所別
地域別
  • ウッタル・プラデーシュ (en)
  • カルナータカ (en)
  • グジャラート (en)
  • ケーララ (en)
  • タミル・ナードゥ (en)
  • テランガーナ (en)
  • ベンガル (en)
  • マハーラーシュトラ (en)
  • ラージャスターン (en)
都市別
  • ブバネーシュワルの寺院一覧 (en)
  • チェンナイ (en)
  • デリー (en)
  • ハイデラバード (en)
  • ムンバイ (en)
  • ラクナウ (en)
書籍
  • ヴァーストゥ・シャーストラ
  • カテゴリ カテゴリー
  • コモンズ コモンズ
  • ポータル 建築ポータル
  • ヒンドゥー教ポータル
  • 哲学ポータル
  • 建築ポータル