実証主義

実証主義(じっしょうしゅぎ、: positivism: positivisme: Positivismus)は、狭い意味では実証主義を初めて標榜したオーギュスト・コント自身の哲学を指し、広い意味では、経験的事実に基づいて理論仮説命題を検証し、超越的なものの存在を否定しようとする立場である。

英語の「positive」は、もともと「(神によって)置かれた」を意味するラテン語「positivus」に由来する。この原義から転じて、実証主義における「positive」とは、経験的に裏付けられたものを意味する。

意味と背景

実証主義は神学的・形而上学的なものに依拠せず、経験的事実にのみ認識の根拠を認める学問上の立場であり、19世紀フランスの思想家・社会学者のオーギュスト・コントによって人類の発展における神学的段階と形而上学的段階の最後に来る実証主義的段階として唱えられた。

各分野における立場

哲学

哲学の分野では理想主義構成主義、方法主義などと対立した意味で使われることが多い。20世紀初頭に、哲学も自然科学同様の実証性を備えるべきであるとする主張がウィーン学団によってなされ、彼らは自らの主張を論理実証主義(論理的経験主義、新実証主義)と称した[注 1]。論理実証主義者たちは「分析的な命題は論理によって、総合的な命題は経験によって検証される」と考え、どちらによっても検証できない胡乱な概念を好き放題用いてきた形而上学を批判し、「形而上学の命題は検証不可能であるがゆえにナンセンスである」と断じた。それに従えば、例えば「無が無化する」などというのは分析的に真偽がはっきりしないし、経験的にも真偽を判断できず、全くのナンセンスである。また、彼らは同じ考えによって(線引き問題)を解答しようともした。

科学哲学

上記の論理実証主義の意味で用いられ、還元主義と共によく用いられる。特に現代の文脈で使われる実証主義は、自然科学その他で取り上げられる、科学探究に対する態度の一つとしてのそれである。この場合、実証主義は「一般法則は観察と論理によってのみ正当化される」と主張する。そこからは当然ながら独断や啓示は排除される。実証は観察と論理によるから、主に帰納法がとられる。ところが、ここで根本的な問題が生じる。「帰納法の使用に基づく実証そのものの正当性はいかにして正当化されるのか?」ということである(cf. 帰納)。「全ての正当化が帰納法によってのみ行われうる」という法則(Lとする)もまた一つの一般法則であろう。すると、この一般法則Lもまた実証によってのみ正当化されねばならない。ここで、実証は帰納法に基づくから、一般法則Lもまた帰納法で証明される必要がある。ところが、帰納法の広い正当性をより狭い帰納法で証明することは基本的に論理的でなく、帰納法は基礎において厳密な論理的根拠がない。この事情から、帰納によってのみ実証するという意味での実証主義は、科学分野の基礎としては弱点が見られる。

帰納法そのものは「自然の斉一性」すなわち「他の要因がない限り、事象は今まで通り動いていく」に基づいている。これもまた、実証されるべき一般法則であるが、当然ながらこれを実証することは不可能である。

歴史学

歴史学では、19世紀の歴史家ヘンリー・バックルイポリット・テーヌフュステル・ド・クーランジュヤーコプ・ブルクハルトによって確立された。歴史学における実証主義者は厳密な史料批判を行い、科学的な規律を確定し、事実のみに基づいた歴史記述を行うものである。彼らは歴史を特定の立場に都合よく利用する思想を排し、科学的・客観的に歴史を把握しようという立場から主張する。

法学

法学の分野においては、道徳自然法などの他の価値基準に拠らないで実定法のみに法体系の根拠をもとめる立場を法実証主義と呼ぶ。

脚注

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注釈

  1. ^ サブラによれば、論理実証主義を打ち立てた最初期の科学者は10世紀のアラビアの科学者イブン・アル・ハイサムである[1]。彼は実験や経験知から法則性を見出し、光学を飛躍的に発展させた。

出典

  1. ^ Sabra, A. I., "The astronomical origin of Ibn al-Haytham’s concept of experiment," pp. 133-136 in Actes du XIIe congrès international d’histoire des sciences, vol. 3. Paris: Albert Blanchard, 1971; reprinted in A. I. Sabra, Optics, Astronomy and Logic: Studies in Arabic Science and Philosophy. Collected Studies Series, 444. Aldershot: Variorum, 1994 ISBN 0-86078-435-5

参考文献

関連項目

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貢献
  • コント『実証哲学講義』 (1830)
  • コント『実証主義のディスクール』 (1848)
  • デューリング『批判的哲学史』 (1869)
  • ラース『観念論と実証主義』 (1879–1884)
  • マッハ『感覚の分析』 (1886)
  • ブリッジマン『現代物理学の論理』 (1927)
  • エイヤー『言語・真理・論理』 (1936)
  • スノー『二つの文化と科学革命』 (1959)
  • ホーキング『ホーキング、未来を語る』 (2001)
提唱者
批判
  • レーニン『唯物論と経験批判』 (1909)
  • ルカーチ『歴史と階級意識』(1923)
  • ポパー『科学的発見の論理』 (1934)
  • ポパー『歴史主義の貧困』 (1936)
  • ペッパー『世界仮説』 1942)
  • クワイン『経験主義の二つのドグマ』 (1951)
  • ガダマー『真理と方法』 (1960)
  • クーン『科学革命の構造』 (1962)
  • ポパー『推測と反駁』 (1963)
  • マルクーゼ『一次元的人間』 (1964)
  • ハーバーマス『認識と関心』 (1968)
  • トンプソン『理論の貧困』 (1978)
  • フラーセン『科学的世界像』 (1980)
  • マクロスキー『経済学のレトリック』 (1986)
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